松林寺 大邱・八公山(パルコンサン)にある名刹

2013年12月31日火曜日

プロカンジャンケジャン

12月28日(土)
トニーさんと2年ぶりに再会。一緒に新沙洞の「プロカンジャンケジャン」へ。美味しいケジャンを食べたくて、トニーさんに聞いたら、ホテルから徒歩5分の店だった。






ケジャンは新鮮で大変美味しかったが、80000ウォン。2人前くらいか。さすがにソウルの高級店の値段である。2人でマッコリを1本空けて、少し物足りなかったので焼酎と 매생이전(青海苔のチヂミ)も。
小説や映画の話、ラグビーや陶芸の話、家族の話…お酒を飲みながら、やはり日本語でないと話題が出てこない。半分くらいは韓国語で話せるようになったらいいのだが、今回もトニーさんに甘えてほとんど日本語で話してしまった。
零下何度かわからないが、厳寒の夜、再会を約束しつつ、トニーさんと握手。

1年半ぶりのソウル

12月26日、安倍首相靖国参拝。翌日から、ソウル2泊3日。
鉄道のゼネストのせいなのか、年末のせいなのか、ソウルまでのKTX往復は混んでいた。
ソウルはマイナス3度~10度という日々也。
地図もガイドブックも持たずに1年半ぶりにソウルへ出かけてみると、最初は地下鉄の地図を見てもなかなか理解できず、迷ってばかり。大邱に比べるとさすがに大都会である。


ソウルの地下鉄では、ハングル、中国語、日本語、3か国語の表示がかなり増えていた。車内でも、主要駅では日本語のアナウンスがある。大邱の地下鉄は世界陸上の頃からそうなっているのだが、ソウルでも同様なのは知らなかった。この1、2年でかなり整備されたのでは? 路線や車両によってもばらつきがあるが、車内の路線・駅名表示などもわかりやすくなってきたと思う。


ホテル近くのカロスキルもこのように表示してある。中国語で林萌路?
初めて広蔵市場(カンジャンシジャン)へ。地下鉄1号線鐘路5街8番出口からすぐである。







まずユッケ横丁へ。有名店のチャメチッは1号店も2号店も店の前に客が相当並んでいる。金曜の夕方だからしょうがないか。「1人でもいいですか?」とアジュンマに聞くと、迷惑そうに隣の店に行けという。1号店、2号店に挟まれた流行っていない小さな店だが、1人で入るには抵抗がない。席に座る前に店主らしき親父が「ユッケにするか」と壁のメニューを指さし、焼酎も当然飲むだろうという感じでぱっと出してくる。その呼吸の良さに、こちらはうなずくだけ。





新鮮な牛肉の下には大根が敷いてある。かき混ぜて、焼酎を飲むと、これ以上の酒とつまみはないような気がしてくる。大根のスープも旨いのでお代わりした。
この国内産牛肉ユッケ 육회 200グラムは12000ウォン。もう一つの代表的なメニューは 간천엽( カンチョンヨプ=レバ刺しとセンマイの組み合わせ。12000ウォン)で、こちらも食べたかったがさすがに一度には無理。次回の楽しみとする。






広蔵市場はそれほど広くはない。飲食店、屋台は50~60軒くらいだろうか。適当に歩いて、座りやすそうな店のベンチに腰掛け、ピンデトックとマッコリ、10000ウォン。ふわっと焼いたピンデトックで、今日はもうこれでお腹いっぱい。まあ値段は全般にやや高め。有名観光地だから、こんなものだろう。

2013年12月26日木曜日

参鶏湯、沐浴湯

12月25日(水) クリスマスは韓国では休日。例年に比較すればずいぶん温かいので、拍子抜け。


東城路は人、人、人…。救世軍もK-POPみたいな歌を歌って人気を集めている。


知人のfacebookを見ていたら自宅でローストチキンを作る様子が載っており、それに刺激されたのか、ソウルサムゲタンに寄って参鶏湯を食す。30分で完食。美味也。11000ウォン。


大邱駅地下街のcafe nero へ立ち寄り、臨時店長をしているKさんにコロンビア・コーヒーをご馳走になる。そのあと、街をぶらぶらして沐浴湯(モギョクタン)を見つけた。



ノボテルの近くにある「クンチョンサウナ」へ。入浴料4500ウォン。新しくて清潔、お湯もとても良かった。シャワーばかりの生活なので、一か月ぶりにゆったりとお湯につかり、陶然。小生の住む地域にはこういう良い沐浴湯がまだ見つからない。この日は垢すりはお休みだった。垢すり、したいなあ。



「玄蔵」に寄り、Gさん、Fさん、Kさんなどとおしゃべり。Kさんは初対面だった。大邱で化学関係の会社を経営する副社長。100人以上の社員を雇い、城西工業団地で右肩上がりの業績。界面活性剤等、日本の技術を生かした製品を多数生産している由。社長は韓国人で、日本人は2人だけ。韓国人社員は皆勤勉、と褒めていた。
食堂経営のGさんに生活の知恵を色々と教わっている。ネギなどがすぐに傷んでしまう。買ったばかりのイチゴがあっという間にダメになった、という話をしたら、オンドルの部屋はとにかく乾燥するので、野菜などは新聞紙に包んでから冷蔵庫へ入れれば長持ちするそうだ。またオンドルの部屋は温かいので埃が舞い上がり、すぐに塵が積もるとか。確かに、1人暮らしなのにどうしてこんなに掃除をしなければならないのか??と思っていた。
冬のオンドル部屋は湿度が極端に低いので、日本のしっとりとした空気がなつかしい。室内干しの洗濯物が数時間で乾いてしまう。

2013年のクリスマス

24日はクリスマスイブ、学校ではお菓子を持ち寄ったり、クリスマスカードを書いたり、賑やかだった。週末は「文化体験」という名目の、1泊2日で盈徳(ヨンドク)にある大学のセミナーハウスで、歌ったり踊ったりの「年末さよならパーティ」があり、その準備なども。小生は初めから欠席を表明していた。若者に交じっての、泊りがけイベントなど、さすがに勘弁願いたい。







一人ぼっちのクリスマスイブは、カカオトークで先生やクラスメート、知人友人などにメールを送ったり送られたりで過ごす。「くまもん」のイラストも苦心してダウンロードし、あちこちに送る。

2013年12月23日月曜日

牛肉のクッパ

12月19日(木) 家人からEMS(国際スピード郵便)で醤油、コーヒー、固形だしの素、靴下等送ってもらう。今回は4日で着いたが、前回同様、留守の時で、携帯に電話がかかってきた。頼んでみても再配達はダメなようだ。今回は近所のセブンイレブンに預けていった。

12月20日(金) 語学堂の帰路、大学近くの理容院に寄る。初めて髪を刈ってもらう。「全体的に短く」と言ったら、鬼軍曹のような中年男性にかなり大胆に短くされた。このまま軍隊に入隊できそうである。技術は乱暴だが、洗髪、顔剃りもやってもらい8000ウォン。800円と思えば、池袋の1000円床屋、近所の最高技術の床屋4200円と比べて、お得な感じはした。

12月21日(土) CC先生と会う。嶺南大学構内を散歩してから、大学西門前の「가마솥 국밥」へ。3週間前LW先生と来て以来だが、この店は美味しい。






いつも満員である。牛肉のクッパ以外はほとんどメニューがない。今のところ、嶺南大学付近でベストの店。コクのあるスープの美味しさ。クッパの店はこのあたりにも多いが、この店の味を知ってしまうと、どの店も普通以下にしか思えない。

CC先生は一番の「親日派」で、交換教員として新潟県で2年ほど暮らしたことがある。毎日インターネットで朝日から産経まで読み、松本清張から塩野七生まで幅広く愛読する。語彙の豊富さ、現代日本事情をよく知り、日本語の会話で不自由はない。こちらも難しい言葉を使うのに遠慮する必要もない人である。
韓国語は6割から7割が漢字語であるという。

정식 일본 음식을 먹을 때 식사를 전채부터 디자트까지 차례로 먹어요.
正式な日本料理を食べるとき、食事は前菜からデザートまで順番に食べます

これは小生の作文の一部。宿題で書かされたたどたどしい韓国語である。この文をCC先生に読んでもらった。「思ったよりは書けるもんだね」とお世辞をいただく。
정식は、「定食」「正式」、どちらもこのハングル表記。전채は、前菜。
まず、정식を読んだだけでは定食なのか正式なのかわからない。この一文を最後まで読んで、ようやく大衆食堂の話ではないから「正式」の意味だと理解する。전채は、「前菜」という漢字を知らない(目の前に浮かんでこない)から、何のことだろう、전체(全体)?と普通の若者は考えてしまうのだそうだ。
このように漢字と切り離されてしまったハングルは、非常にもどかしい不便な言語になってしまっているというのがCC先生の考え。一目見ただけで意味のわかる漢字の便利さを捨ててしまったのが現在のハングル事情である。

CC先生とは一日色々な話をした。先生は韓国人だからやはり安倍さんがお好きではないようで、最近の「国家安全保障戦略」を危険な方向であると批判していた。「やれやれ…」なのだが、小生も面倒になり、いちいち弁解や弁護をする気にもなれなかった。こういう局面は親しくなって話し込むと出てくるのである。

尚、最初の雪の写真、数日前の風景だが、どうして動画(?)になっているのか、わからない。こんな人工の雪を降らせる技術、小生は持っていないし…。この雪も2日くらいで解けてしまった。大邱ではなかなか雪は積もらないという。

テジカルビ

12月16日(月)は、朝の登校時よりも午後の下校時(13時以降)の時の方が寒かった。
底冷えと風の冷たさ。手がかじかむ。かじかむ、というのは標準語だったろうか?






12月16日(月)、17日(火)、2日続けて孤山のCF先生を訪ねる。上の写真は、17日、CF先生、CH先生と食べたテジカルビ也。韓国で焼き肉を食べたのは1年半ぶりだ。

CF先生は孤山駅から10分ほど歩いた証正寺に仕事場(書斎)を持っている。高校の校長を退職した時以来20年近く、この小さなお寺の一室に毎日通っているという。
先生は作家であり、歴史小説、童話、評論も書いている。崔鉉培(チェ・ヒョンベ)という言語学者・独立運動家の信奉者、弟子をもって任じている。漢字を排し、ハングルのみを使うべしというハングル専用主義者だ。お孫さんたちの名前はハングルのみで、漢字名はない由。
韓国では、漢字存続、復活論とハングル専用論とは解放後長い戦いの歴史がある。小生には、ハングル専用論は長い歴史を持つ漢字文化を捨てるという大変に勿体ないことであり、ナショナリズムの弊害としか思えない。この辺、まだCF先生と突っ込んだ議論をしたことはない。先生はかつて学校で、漢字を教えるクラスと教えないクラスとを作って実験をしたことがあるという。漢字を教えたクラスの成績は悪く、生徒たちには負担になってしまった、と回想する。この部分は4日後のCC先生との話に続く。
LW先生、CF先生、CC先生、CF先生は、以前にも書いたが昭和ひとけた前半世代、大邱市内の中学や高校の校長を最後に退職して20年近い、文学同人誌と山岳会の仲間である。先月LD先生が亡くなったのでわずか4人だけの仲間になってしまった。

テジカルビの話に戻ると、甘いタレにつけた豚肉を焼く炭火の火力は強く、すぐに焦げてしまうので、いくつか無駄にしてしまった。マッコリを2本。まあ、頑張って勉強しなさい、と励ましてもらった。小生も少し、たどたどしい韓国語で話した。

2013年12月13日金曜日

食堂での昼食

これはF先生と嶺南大学の学食で食べたランチで、4000ウォン也。オムライスの上にとんかつが乗っている。味噌汁は美味しかった。もっと安い学食もあって、そちらは2000ウォンからのメニューがあった。


F先生、自転車に乗っていて横断歩道で車と接触し、道路に投げ出されて路面に激突、お岩さんのようになっていたが、この日はだいぶ治まっていた。車の運転者は平身低頭、F先生を車で病院に運び、X線検査やらCTスキャンやら通院やら、奥さんと2人で世話をし、すべての治療費を払ってくれた由。「こちらが日本人とわかって、下手をしてはいけないと気を使ってくれたみたいだ」とF先生。

次は翌日、日文学科で教えるHさんと初めてお会いしたとき、連れて行ってもらった大学近所の「コルモック食堂」。おばあさんが一人でやっている、レトロな食堂。テンジャンチゲと野菜ビビンバ。



素朴なハルモニの手料理。あとでミカンもデザートにもらった。


コルモックシクタン=小路食堂。品数の多いハルモニの料理は1人4000ウォンの安さ。風情のある食堂なので、また訪れたいものだ。
Hさんは3月から嶺南大学に来て日本語を教えている。週に3コマ授業を持ち、年に2本の論文を書くという契約なのだとか。湯浅克衛「カンナニ」という植民地時代をテーマにした作品を、2年生や3年生を相手に講読しているというのでレベルの高さに驚く。Hさん自身も毎朝1時間、語学堂で韓国語を学んでいる。

2013年12月13日(金)

授業が始まって2週間、穏やかな晴天が続いていたが、ついに厳しい寒さが始まった。ソウルはじめ北の地方では積雪のニュースが続く。ここ大邱では雪が少しちらつくが積もることはあまりないらしい。今朝の気温は-2度くらいか。水たまりは凍っている。


今日は語学堂全員でバス5台を連ねて日帰りの浦項(ポハン)ツアー。



各学期ごとに、このような交流イベントがあるらしい。昔短期間出席したソウルの語学学校でもキムチ作りやら太鼓(ジャンコ)遊びやらがあった。今日はなんだか季節外れのツアーで、東海に出てフィッシングヴィレッジで魚を釣ったりサザエを捕まえたり、午後は宝鏡寺(ポギョンサ)という地味なお寺に行ったり。






この寺は大きな建物もなく小規模だが、周囲の森や渓谷が有名らしい。紅葉も終わり、寒風も厳しく、途中まで歩きにくい岩だらけの道を歩いて引き返した。
若者たちは楽しそうだったが、小生とモハ氏(30代半ばのサウジ人)は所在無げに雑談ばかりしていた。クラスで左隣のモハ氏、2年前にサンフランシスコで出会った韓国人女性と結婚して大邱に住むことになったのだという。英語が流暢なのはカナダとオーストラリアで長く暮らしたせいらしい。昼食のプレートの中にある豚肉を食べているので、「食べていいの?」と聞くと、「これはプルコギだから牛肉なんだ」ととぼけている。人前、特にアラブ人の見ているところでは決して飲まないが、家ではビールかワインをよく飲んでいるという。

若い学生たちは概してマジメである。休み時間は中国語の洪水になってしまうが、授業にはコンスタントについて行っている。韓国に来て三ヶ月とか六ヶ月というのに先生との受け答えは小生以上に反応が早い。発音はひどいが、基本的には理解して、予習復習もしている様子。モハ氏も同様にマジメで熱心。せっかく提出したワークブックを先生がすぐに返してくれないのに文句をぶつぶつ。1級の時の先生は毎日ワークブックを提出させ毎日採点して返してくれたとか。そんな厳しいのは勘弁してほしい…。

中国の若者たちは皆達者な英語を話し、iPhoneや Garaxyの最新携帯を持ち、服装もお洒落である。韓国から近い、蘇州や合肥といった江南の人種が多いようだ。また、韓国ではほとんどの若者がSMSにカカオトークを使用し、LINEは見かけない。担任のY先生が全員の携帯やメールを聞いた際、携帯を持っていても携帯番号を持たない者が数人いたのに驚く。カカオトークは無料で、IDさえ認識すればつながるから、携帯電話番号を持たなくても生きていけるのだ。知らなんだ…。節約の知恵なのだろう。

2013年12月5日木曜日

授業開始

2013年12月2日(月)より、嶺南大学語学教育院での冬期授業が始まった。
時間割は、毎日、9:00~9:50 、10:00~10:50、11:10~12:00、12:10~13:00 という連続4時間。



小生の通うクラスは2級の第2班。
(初級) 1級に3班、2級に4班、
(中級)  3級に4班、4級に3班、
(上級)  5級に1班、6級に1班。
各クラスは平均10数名。
小生のクラスは、中国9名、サウジアラビア3名、スウェーデン1名、日本1名の14人。

思った通り、圧倒的多数派は中国人だ。次がサウジで、黒いヒジャブをかぶり眼だけを見せる女性も数名。スウェーデンも多い。ウズベキスタン、ベトナム、カンボジア、トルクメニスタン、フィリピン、スリランカ、アメリカ、メキシコ、といった国名が張り出されたクラス名簿に載っている。日本人は4名で、小生以外は若い女性のようだ。

授業は2時間ずつ、若い女性の教師が交代で担当する。Y先生、L先生、いずれも闊達な授業ぶりで、上手である。詳細は、追々、書いていくことにしよう。